メンバー

なごみLABO所長
仁城亮彦|Akihiko Ninjo
野良芸術家・教員

1972年 岡山県生まれ、広島育ち。京都造形芸術大学情報デザインコース卒業。映像作家 松本俊夫氏に師事、ビデオアートを学ぶ。デザイナー 粟津潔、小説家 大江健三郎の本ばかりを読む。

卒業後、京都の染色工場のデザイナー、広島のPC専門店販売員など、各地の中小企業を転々としつつ自宅でMacを用いた仕事をする。

家族ぐるみで関係している寺院の本作りに参加して、お寺と地域の物語に触れる。これをきっかけに自身のふるさと探しが本格化、岡山県井原市に移住。

広島風お好み焼き屋経営、CATV制作部社員、郵便配達アルバイトなど職を変えつつ、青野町内の市営住宅に入居。「PC専門家の社会人」として地元県立高校で勤務開始。「なごみ農園」Webサイト制作・運営開始。

再び京都造形芸術大学に入学。哲学者 中路正恒氏と美学者 上村博氏に師事、芸術学としての地域学を学ぶ(通信教育部芸術学コース)。中学・高校美術教員免許取得。

非常勤講師の美術教員をする傍ら、京都造形芸術大学通信教育部の非常勤講師に就き、青野町仁井山地区で現地授業を行う(8年目)。

なごみLABO設立。古民家を改装しパン工房を作る。地域の赤土で作ったパン焼き用の土窯、ベリーAから作った自然酵母種、自家栽培の小麦、近所で伐採した木の薪を用い、家内とパンを焼く(文化パン)。

2011年春、青野町仁井山地区にある母の実家への引っ越しのさなか、東日本大震災および福島第一原発事故発生。地域での教員活動、芸術研究に加え、地域農業をもう一つの仕事とすることを覚悟。祖母、両親、家内、娘、息子との暮らしを始める。

青野地区はぶどうの産地。半世紀以上の年月を経てぶどう農家も多様化し、産地は成熟期に入っている。地域の文化的、精神的な表現としての「ぶどう」を探求しながら、農家としての自立を目指していきたい。

ハイカルチャー代表 山中史郎|Shiro yamanaka
アートディレクター・デザイナー
1974年 北海道 函館生まれ 大阪育ち。
妻と息子(4歳)の3人家族。

京都芸術短期大学映像科卒業。相原信洋・伊藤高志氏に師事。実験映像を学ぶ。ジャン・リュック・ゴダールを始めとする、ヌーヴェルヴァーグ、寺山修司に傾倒。同校専攻科学士課程修了。

1998年 単身渡仏パリへ。映画で観たパリの町並みや人の営みを肌で感じ、パリジャンの自国に対する熱い思いに触れ、異国の地で「自分がする事は日本にある」と感じ、1年後に帰国。

帰国後、ノンリニア編集機や当時WEBの花形だったFlashを駆使してクラブVJとして活動するが、「これだけでは飯は食っていけない」とFlashのスキルを武器に営業。事実上の独立。2004年ハイカルチャー設立。専門学校の講師を5年間兼任。

独立当初は広告代理店経由の孫受け案件をこなしていたが、「顔の見えない大きなクライアント」から「顔の見える小さなクライアント」へと仕事をシフト。オペレーションワークから次第にディレクションワークへ。

2007年ピクトグラムデザインにて、「クリエイティブOSAKA アワード 最優秀賞」受賞。道路標識として採用される。 2011年 奈良県月ヶ瀬 2代目茶農家 巽直哉氏との共同プロジェクト、『オーガニック茶畑のオーナー制度、UMEZUKI 梅月』にて「グッドデザイン賞」受賞。

クライアントワークの傍ら、2005年より『さよならブリーフ。さよならトランクス。さようなら。』を掲げ、ふんどしブランド、『KUROTENGU黒天狗』を立ち上げる。

自称『永遠の図工少年。』DIY・ローカル・マイノリティーをキーワードにこれからの時代に求められている姿・形をデザインしていきたいと考えている。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください